究極のオナニー!ヨロズ指南

第一章 究極のオナニー

オナニ-の存在理由

   人は、特に男はなぜオナニーをするのか?答えは簡単である。男は自らの子孫を残すために生まれてきたからだ。すなわち、男は言わば
セックスマシンなのである。セックスなしでは決して我慢出来ない生き物なのだ。そのため、セックスが出来ない状況が一定期間続くと、相手がいなくても、あたかもセックスしたかのような感覚を自らに与えておかなければならなくなるのである。
   次に、なぜ男はセックスマシンと言えるのか?この疑問に答えるためには、男、女という範疇ではなく、より生物学的に、雄、雌という範疇で論じなければなるまい。クワガタ虫を例にとってみよう。クワガタ虫の雄が持っているあの巨大なツノ、あれは歯が進化したものなのであるが、なぜ雄のみにああも見事なツノが付いているのであろうか?それは、
雌を巡って戦うためである。雄は、己の子孫を残すために雌と交尾をしなければならない。交尾をするための雌を巡って、雄同士が戦うのである。その武器として、雄の歯はあのように進化を遂げたのである。雄のツノは交尾のための最終兵器である。次に、ライオンを例にとってみる。ライオンの群れは、一頭の雄と複数の雌によって構成される、言わばハーレムである。そして、雌が子を生むと、何と、子供達の父親である雄は、生まれた子の中に雄がいた場合、それらを全て殺害してしまう。ではなぜこのような信じられない行動をとるのであろうか?それは、もし将来その子が成長すると、一一つの群れの中に複数の雄が存在することになり、雌を巡って争いが起きることになるからである。かかる行動は、自らが、円滑な生殖活動を行うためになされるものなのである。
 以上述べた様に、
雄は交尾をするために生きていると言っても過言ではない。そして、いくら知能が発達し、高度な理性を兼ね備えている人間であっても、交尾を行いたいという雄の習性は消えるはずがはない。但し、かかる習性通りに事が運ばないのが人間世界である。しかし、やはり男であっても雄である以上、かかる習性通りに行動しようとするものである。この人間世界の常識と雄の本能との調和を図るための苦肉の策こそ、オナニなのである!
   ここまで述べてみると、オナニーという行為が何の後ろめたさも持ち得ない、当然の行為として正当化されるのは明らかである。このようにオナニーが正当化されたところで、人間が生み出した疑似セックス、オナニーの究極の楽しみ方について説き及んでいくことにする。

総説

   まず、オナニーをするときの前提について述べておく。オナニーであっても、やはり、
時、場所を選ばなくてはならない。これは、オナニーが恥ずかしい、後ろめたい行為だと言っているのではない。オナニーがそのような行為でないことは前述の通りだからである。しかし、いくらオナニーが人間にとっては極めて当然の行為であるからといって、他人から客観的に見て気持ちのいいものではない。やはり、人に見られない状況を確保すべきである。場所はやはり、自宅の自室がよかろう。では、自分の部屋であれば時間はいつでもよいのかと言えば、そうとも言い切れない。やはり家族がいない時間帯、もしくは家族が寝静まる深夜に越したことはない。特に、目分のオナニを母親に目撃されることだけは、断じて避けなくてはならない。たとえ、母親に、自己所有のエロ本なりAVを見つかったとしても、母親は、「もう!家の子はこんなのばっかり見てて!」とは思うであろうが、それらをおかずにオナニーしていることまでは、意外にも思い及ばない母親連中が多い。従って、オナニーを目撃されでもしたら、それこそ母子間に激震が走り、今後の母子間の付き合い方に大きな影響を及ぼしかねない。母親に限らず、絶対に誰にも見られることのない状況を確保すべきである。
   次にオナニーの頻度について言及しよう。オナニー頻度は人によって個人差があるので、適当な頻度を指摘するのは非常に難しいが、少なくとも、
1日複数回のオナニーは避けるべきである。たとえ精力絶倫であったとしても、1日複数回となると、どうしても2回目以降のオナニーは、快楽や感動が薄れる可能性が高い。多くても、1日1回を限度にしたいものである。しかし、オナニーでより強い快楽を得たいのであれば、オナニー頻度を減らせば減らすほど快楽は増大するので、出来得る限り、高い頻度でのオナニーは避けるべきである。
   オナニーをする時、場所、頻度が決まれば、次は「おかず」である。おかずの種類はそれこそ
無限にあるといっても過言ではない。エロ本やAV、イマジネーション、活字、絵画、人形等々。自分にあった「おかず」でするのがよかろう。


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